大判例

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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)6422号 判決

原告

渡部利千代

ほか一名

被告

山崎製パン株式会社

ほか一名

主文

原告らの被告らに対する請求を各棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一請求の趣旨

一  被告らは各自原告らに対し各四五七万四九〇八円およびこれらに対する昭和四七年八月一一日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一(事故の発生)

訴外渡部力は、次の交通事故によつて死亡した。

(一)  発生時 昭和四五年八月一日午前一〇時一五分頃

(二)  発生地 埼玉県北足立郡大和町中央一丁目四番一号先路上

(三)  事故車A 普通貨物自動車(多摩一な三一九五号)

運転者 被告小野

(四)  事故車B 軽乗用自動車(八埼こ四一一〇号)

運転者 渡部力

(五)  態様 正面衝突

(六)  力は即死した。

二(責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

(一)  被告山崎製パン株式会社(以下被告会社)は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

(二)  被告小野は、事故発生につき、次のような過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。

力は、追越しに際して勢い余つてセンターラインを越えてしまい、操作不能の状態に陥つた。

被告小野は、約四〇メートル前方で、事故車がセンターラインを越えるのを認めながら、急停止あるいは徐行の措置をとらずに、そのままの速度で、すれ違いに避けようとした。

三(損害)

(一)  被害者に生じた分

1  逸失利益 一九三九万九六三三円

渡部力は、本件事故当時、一九才で、シリコニツト高熱工業株式会社に勤務していた。同社では、年一回の昇給があつて、定年は五七才である。

(1) 給与分 一八六二万三八三三円

力は、本件事故によつて死亡しなければ、右会社に定年まで勤め、別表(一)の年収欄記載どおりの収入を得られた筈であるから、その生活費(昭和四三年度全国世帯平均家計調査報告による一月当り一万五六二八円を基礎にした。)を控除し、ホフマン方式により、年五分の割合の中間利息を控除して死亡時の現価を求めると別表(一)記載のとおり総計で一八六二万三八三三円となる。

(2) 退職金の分 七七万五八〇〇円

右会社の退職金規定によると、同社における退職金の算出方法は(最終基本給×勤続年数による支給率×退職理由別乗率)である。

力の最終基本給は四万五〇〇〇円、退職理由別乗率は、会社都合、自己都合ともに一であるから、支給率を五〇とし、ホフマン方式により中間利息を控除して死亡時の現価を求めると左のとおり、七七万五八〇〇円となる。

四万五〇〇〇円×五〇×一×〇・三四四八=七七万五八〇〇円

2  慰藉料 一〇〇万円

力の死亡による同人の慰藉料

(二)  相続

原告らは、力の父母であるから、同人に生じた右損害賠償債権を相続により各二分の一宛相続した。

(三)  慰藉料 各一五〇万円

力の死亡により、原告らの蒙つた苦痛を慰藉するには、各一五〇万円が相当である。

(四)  葬儀費用 各一五万円

原告らは、力の葬儀費用として各一五万円宛支出した。

(五)  過失相殺

力にもセンターラインオーバーの過失があるから、過失相殺をし、右損害金の五割を請求する。

(六)  損害の填補

原告らは既に自賠責保険金三五〇万円の支払を受けたので、各一七五万円宛弁済に充当した。

(七)  弁護士費用

以上により、原告らは各四一七万四九〇八円を被告らに対し請求しうるものであるところ、被告らはその任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、成功報酬等として各四〇万円宛支払うことを約した。

四(結論)

よつて、被告らに対し、原告らは各四五七万四九〇八円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四七年八月一一日以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四被告らの主張

一  請求原因に対する認否

請求原因事実一と同二の(一)を認める。同二の(二)は争う。

本件事故は力の過失によるものである。

請求原因事実三の(二)と(六)を認め、同(一)、(三)ないし(五)、(七)は不知、同五を争う。

二  免責の抗弁(被告会社)

本件事故は、事故車Bが突然センターラインを越えて対向車線内に進入したために発生したものである。被告小野は右転把して避けようとしたが、事故車Bも、また同方向に転把したために衝突した。被告小野と被告会社には、本件事故発生について、何ら過失はない。

第五証拠〔略〕

理由

一  請求原因事実一と同二の(一)は当事者間に争いがない。

被告小野の過失の有無について判断する。

〔証拠略〕によると次のとおりの事実が認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件事故現場は、川越市方面から池袋方面に至る歩車道の区別のある車道幅員一三メートルで、片側二車線のアスフアルト舗装道路上である。現場付近は直線で見とおしは良く、事故当時、池袋方面に向う車の通行車線は、二車線とも可成り混んでいた。

(二)  被告小野は、事故車Aを運転し、時速五〇キロメートルの速度で、道路端寄りの車線(以下第一車線と言い、センターライン寄りを第二車線と言う。)を池袋方面から川越市方面に向けて進行し、事故現場付近に差しかかつたところ、前方約五〇メートルの地点に、対向車両の中から、車体の一部がセンターラインを越えて斜めに走行して来る事故車Bを発見した。そのまま約六メートル進行した際、斜走したまま第一車線内に進入して来た事故車Bが、左転把して向きを変えようとしたのに気づいて、第二車線に進路変更をして接触を避けようと思つて右転把した。ところが事故車Bも左転把を続けて第二車線に戻つて来たので、危険を感じて急停止の措置をとつたが、間に合わず、事故車A前部を事故車Bの右前部に衝突させ、その衝撃で車外に投げ出された力を左後輪で轢いた。

(三)  渡部力は、事故車Bを運転して川越市方面から進行し、本件事故現場付近で前記のとおりセンターラインを越えて、事故に遇つた。センターラインを越えた理由は不明である。

右認定事実に基いて考える。被告小野が第二車線に進路変更をして、接触を避けようと判断したことは、咄嗟の場合であるから、責めることはできない。しかし事故車Bの異常な走行は、最初に発見した時から窺えた筈であり、事宜に適した措置を取り易いように減速しておれば、衝突を避け、また避けられなかつたとしても、もつと軽い被害の程度に止めることができたものと考えられる。

従つて被告小野には、減速せずに、そのままの速度で進行した過失が認められる。

二  被告会社の免責の主張は、被告小野に右のとおりの過失が認められるから、その他の点について判断するまでもなく失当である。

三  ところが、被告らは力の過失を主張しているから、過失相殺を求めているものと解されるところ、前記認定事実に基くと、本件事故現場付近のような道路上で、理由もなくセンターラインを越えた力の過失は大きく、その割合も八割を下ることはない。

四  本件事故による原告らの損害の額について考えるに、先ず力の失なつた得べかり利益の額は、年収を原告ら主張どおりとしても、収入の半分を生活費として控除し、ライプニツツ方式により現価を求めると、別表(二)のとおり八七六万一六八七円となり、得べかりし退職金の額も、原告ら主張どおりの金額から中間利息を控除して現価を求めると三五万二三五〇円(四万五〇〇〇円×五〇×〇・一五六六)となる。

原告らと力との間の身分関係は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により他に相続人のないことも認められるから、原告らは各四五五万七〇一六円を相続により取得したことになる。

ところが原告らが各一七五万円の弁済を受けたことは当事者間に争いがないから、慰藉料と葬儀費用を原告ら主張どおりの額を損害として計上しても、前記割合に従つて過失相殺をすると、原告らが被告らに対して請求できる損害賠償債権の額は各一三四万一四〇三円を上回ることはないから、本件事故による損害はすべて填補ずみである。

なお原告らは、生活費として、総理府統計局による平均家計調査報告に基いた金額を控除すべき旨の主張をしている。確に昭和四三年度の調査報告によると都市階級の一月当りの全国平均は、消費支出が六万三六〇七円、世帯人員数が四・〇七人であるから、一人当りの消費支出額は一万五六二八円となる。

しかし世帯の支出額を世帯人員数で均分した金額を、世帯主となる筈の力の生活費とするのは妥当でなく、また収入額に応じて生活費も大きく変化すると考えられるところ、原告らの主張においては左程増えていないのであるから、原告ら主張の生活費の額を採用することはできない。

力の事故時の年令等に鑑み、同人の稼働期間中の生活費(公課等を含む)は収入の半分とみるのが相当である。

右のとおり原告らの債権は、本訴提起前(弁論の全趣旨により認める。)に填補ずみであつたのであるから、原告らの求める弁護士費用の請求も理由がない。

五  以上のとおりであるから、原告らの請求をいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 新城雅夫)

別表 (一)

〈省略〉

(二)

〈省略〉

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